SSイベント報告

東京女子大学同窓会 埼玉支部 の活動のあれこれをお伝えします。
2018 支部の集い(さいたま共済会館)

第1部 総会

 

5月19日(土)13時より、雨が心配されましたが、多くの晴れ女の皆様方のおかげで、青空がのぞくよい総会日和りとなり、56名のご参加による「第21回埼玉支部の集い」が開催されました。


副支部長の司会のもと校歌斉唱にはじまり、荒木支部長の挨拶に続き第3号までの議案の承認をえました。

収支報告では20周年に関する記載の内容についてとVERA募金についてご質問がありましたが、それぞれ担当者、支部長、島津同窓会財務委員長から説明がありご理解くださいました。

最後に次年度役員改選にあたり人材を求める動きを運営委員会に期待するとのご意見をいただきました。

 

講演会の熱気が残る中、茶話会が始まりました。今回座席はくじ引きでしたので、同じテーブルで初対面のかたもいらしたのではと思われましたが、どのテーブルでも大いに会話が弾み、さすが同窓生と感心したり、感動したり、役員としてはうれしい限りでした。
また今年は2013年卒というお若い方の参加もあり、若い方の考えや悩みをうかがえたのもある意味参考になりました。

高齢者の視点ばかりでは狭くなるばかりなので、いい機会を持たせていただいたと思います。
今回の集会の成果を明日につなげていこうと思った意義ある一日でした。


第2部 講演会
『100周年を迎える女子大の今と女性の活躍』
東京女子大学 国際英語学科准教授 安部 由紀子先生

 

*プロフィール*
東京女子大学英米文学科卒業。

早稲田大学アジア太平洋研究科(国際関係)修了。

読売新聞 社会部記者、国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所広報官を経て、2018年4月より現職。

専門はジャーナリズム、国際広報、翻訳。

女子大在学中にバングラデシュで教育支援をするNGO『アジアキリスト教教育基金(ACEF)』のスタディツアーに参加したことがきっかけで、国際協力に関心を持つ。新聞記者としてもバングラディシュを再訪。現在、同NGO評議員も務める。

「目を閉じて、思い出してください。東京女子大学に入学した日のこと、初めて東女に足を踏み入れた時のこと、初めてお友達ができた日のこと・・・」と始まり、静まり返った会場。

一瞬ですっかり引き込まれ、1時間半の講演はあっという間に感じました。

しっかりとした芯を持ちながらも、軽やかにキャリアをシフトチェンジしていく安部先生のお話に、世代の違う同窓生が一様に感銘を受けました。


〜講演ダイジェスト〜


―子大時代

大分県の周囲を田んぼで囲まれたような公立学校でのんびりと育ち、尊敬する叔母の母校・東京女子大学で勉強してみたいと中学生の頃から考えていた。
入学時には、おっとりとした性格の自分が新聞記者になるとは想像もしていなかった。
大学3年生で、バングラデシュに学校をつくる活動をしていた『アジアキリスト教教育基金(ACEF)』というNGO主催のスタディツアーに参加したことで一変する。
靴が買えない、学校に行けない等、自分にとって当たり前の環境が当たり前でない現地の貧困を目の当たりにし、自分にも何かできないかという思いから、この時の体験を寄稿したところ、地元の大分合同新聞に掲載された。
その記事を読んだ特別なお金持ちという訳でもない、小学校で校務員をする方が「バングラデシュに行ったことはないが、戦後の貧しい時期を経験したから貧困の辛さはよくわかる。社会の役に立てるなら」と、毎年100万円を寄付してくれることになった。(退職までに計1000万円の寄付となる)
この経験から、新聞が社会に与える影響を実感し、国際協力も可能な新聞記者という職業を目指すことになった。

 

⊃景控者時代

英語力や元気の良さという個性で、若手ながらも日韓ワールドカップや愛知万博、沖縄の米軍基地、国際会議などの取材に参加し、世界の広さを実感した。
そして“良い仕事をすれば、次にまた良い仕事が与えられる”ことを学んだ。
当時は女性新入社員が1割、各支局にも女性記者は1人という状況で、女性としてどう働いていくか迷うこともあった。
しかし、誠実に日々の仕事をし、途上国の取材をしたいという思いを持ち続け、声をあげ続けていたら、機会を与えられてバングラデシュを再訪できるなどキャリア面ではとても恵まれていた。
記者として政治家や著名人に会う機会が多い一方、地域のために頑張っている市井の人や、(日々の生活に追われ、かつ日本語ができず声をあげずらい状況にあった)中国残留孤児の方のように社会に見えにくい人々と出会う機会も多かった。
取材されたがっている人よりも、自分は大したことをしていないと言う人の方が素晴らしいことをしていることも多かった。
立派そうなことを発言することと、実際に立派な行動をすることは同一ではないということもわかってきた。
この頃から、肩書で人は判断できないと思いだした。

 

A甍霤賃膤愨膤惘.▲献太平洋研究科時代

30代になって国際協力への思いから読売新聞社を退職し、メディアの仕事をしながら早稲田大学大学院に進学して「難民の第三国定住」をテーマに研究。
自国を逃れて新しい国に来た人たちを、どのように社会で受け入れ共生していくか(=社会統合)について、難民受け入れが進んでいるオーストラリアやカナダでのフィールド調査、インタビューも行い、日本との比較研究をし、研究論文を執筆した。
日本は長い間“難民鎖国”であったが、2010年よりタイの難民キャンプにいるミャンマー難民(=第三国定住難民)を毎年30人受け入れ始めた。
国連職員になってからタイの(難民の滞在が)長期化する難民キャンプを訪れる機会があり、普通の村と変わらない姿に驚いた。
しかし、彼らにはキャンプの外を歩く自由はないし、明日の身の安全は保障されていないし、選挙権があるわけでもない。難民には紛争や政治活動を理由に自国を離れる政治難民、気候変動や天災などで地域にいられなくなる強制移民(“環境難民”)など様々で、私達日本人も難民になる可能性を持っている。
そして、実際にここ日本でも、私たちの身近にも難民の方が多く生活していることを是非知ってもらいたい。

 

す駭開発計画(UNDP)時代

国際協力のキャリア構築を考えていたところ、大学院修了間近にUNDP駐日代表事務所で広報のポジションの募集があり、応募して採用される。
UNDPは世界177か国で活動をし、紛争予防、気候変動、災害復興、選挙支援、ジェンダー平等の推進など幅広く活動をするいわば「総合商社」のような国連機関である。
駐日代表事務所での広報業務の1つは、税金で資金提供をしてくれている日本政府や日本国民に対し、国連がどのように資金を活用しているか、どのような支援を必要としているかなどを説明したり、資金が必要な折の資金調達をすることだった。業務を通じて、昔から憧れていた元国連難民高等弁護官の緒方貞子さんと一緒に仕事をさせていただく機会や、世界で最も影響力のある女性100人に選ばれたヘレン・クラークさん(元UNDP総裁、元ニュージーランド首相)、日本人女性の国連職員の中で最高位にある中満泉さん(元UNDP局長、現・国連事務次長)などの仕事を身近で支える中で、女性のリーダーシップを学んだ。
国連や国際社会では多くの女性が幹部として活躍しており、日本でも、女性が政治のトップや企業の幹部に当たり前のようにいる社会になってほしいという思いを強くした。
国連という巨大で、様々な価値観、文化が混在する組織で働くと大変なこともあるが、逆に楽しいことも多い。
コミュニケーションの取り方を工夫しながら、世界中にいる職員と一緒に力を合わせて働いてきた。
また、在職時はインターンとして数カ月間、国連事務所に来る大学生、大学院生の日々の業務管理、教育を通して、人の成長を目の当たりにした。必要なことをきちんと教え、経験を積む機会を与えられれば、どんどん磨かれて成長していく若者の姿に感銘を受けていた矢先、東京女子大100周年に合わせて新設される国際英語学科で教えないかと打診を受けた。

 

East West Center時代

人に教える経験のなかった私は、東京女子大での勤務開始より少し早めに国連を退職し、シフトチェンジを兼ねてアメリカ・ハワイにある米国政府系シンクタンクEast West Centerでフェローとして、9か月のプロフェッショナル・トレーニングを受けた。
アジア太平洋地域の15か国から選抜された23人と一緒に地域のリーダーとして何ができるかを実務的に学ぶコースである。
研修の中で、ハワイや米国本土の州立大学で学生を前に英語で講義やワークショップを企画・運営をする機会も得て、自信もついた。
何よりハワイの素晴らしい自然環境が、時間を精一杯使うことにばかり目を向けていた私に、美しい景色を見たり、ピクニックに行ったりとリラックスをして生活を楽しむことの大切さを教えてくれた。

 

女子大の教師に着任して

最初の講義では『If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.』というアフリカの諺を学生に伝えている。
クラスで学ぶからには、多様な価値観に触れたり、チームの大切さを知ってもらいたい。
そしてチームが力を発揮するには一人ひとりの心理的安全性(Psychological Safety)が必要なので、誰もが意見を自由に言える空間を作れるよう、発表を聞いたときにはみんなで拍手をして称える、控えめな学生には相手が話しやすいように考慮して声をかける、各自の強みを持ちよるなどを推奨している。
昔も今も、東京女子大は勤勉で真面目な学生が多いように感じる。
各指導教科の中で、学問以外に、他人や自分の価値観を大切にすること、人に真摯に向かう姿勢や相手の話に耳を傾ける力(爛螢好縫鵐闇塾廊瓠法▲蝓璽澄璽轡奪廚覆匹鮨ばして、人間としての魅力を高めるような教育をしていければと考えている。

 


 

質疑応答から抜粋

 

Q:先生が女子大で教えている内容を教えてほしい。
A:実践的な英語の使い方を教える『Professional English』 というクラスや、異文化理解、グローバル人材論、ジェンダーや女性のキャリア構築など。Professional English は選択科目だが、学科の約3分の2が受講する100人規模のクラスで、英字新聞や国連の文書の読み方、メディアリテラシー、国際広報などを教えている。

 

Q:働いて6年目だが、体力の面や周囲の目から男女同等に仕事をするのが難しいことを感じ始めている。
グローバルジェンダーギャップの低い北欧の国々はどうしているのか?

A::北欧も以前は、昔は日本と似たような状況だったが、制度を変革し、法律やインフラ整備をしていった結果、多様な働き方、休暇の取り方などができるようになった。日本もゆっくりとではあるが変わってきているので、まずは“声”を上げていくことが大事だと思う。

 

レポーターから一言
安部先生のお話は、国際協力を中心に広い世界でキャリアを重ねてきただけに、とても面白く勉強になる事柄が多かったのですが、残念ながら紙面の都合上割愛せざるを得ませんでした。今回は、先生のキャリアを中心にまとめさせていただきました。

(文責:H.K.)

 

 

当日のアルバムは→ こちら

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| 総会 | 03:13 | comments(0) | - |
5/20(土) 東京女子大で開催された第20回「埼玉支部の集い」
快晴に恵まれた、汗ばむ陽気の5月20日(土)、東京女子大学同 窓会館で「第20回 埼玉支部の集い」が催されました。
創立20年を記念して例年と一味違うことができないかと考えてい た役員たちが、東京女子大学同窓会主催の「能・狂言公演」という企画と出会い、今回初めての試みとして母 校での「埼玉支部の集い」を開催いたしました。
遠方のため参加者がどのくらいいらっしゃるのかなどの不安はあり ましたが、狂言師・野村萬斎さんの魅力もあってか、 60名以上が参加してくださいました。

 第一部 総会

 今年も会場の一部に「手芸の会」の作品販売のコーナーが設けられ 、総会開始前のひととき、  素敵なアクセサリーや小物を前にみなさんが楽しく過ごしていらっ しゃいました。

稲田さん(71年卒)の落ち着いた司会で始まった総会。
会場には グランドピアノがあり、駒田さん(59年卒)の生伴奏と平本さん(79年卒)の指揮で校歌を 斉唱するという豪華な体験をいたしました。
総会に先立ち、山田同窓会会長(66年 卒)から、埼玉支部への日頃の活動及び寄付への感謝の言葉をいただきました。
続いて、大木支部長 (84文英卒) による挨拶と同窓会への今年度の寄付金の 贈呈がありました。
 
総会議事では、議長大木さんのテンポの良い進行により、全ての議案 が温かい拍手で承認されました。
役員改選の今年、退任する役員の挨拶と新役員8名、新監事2名、ホームページ 委員3名、編集委員6名の紹介がありました。
荒木新支部長(75年卒)のユーモアを交えたご挨拶に、会員の皆さまからは 笑い声が聞こえてきました。
各サークル代表、ミニ支部会代表の紹介に続き、「交流奉仕部」、 「手芸の会」、新井さん(69年卒)から埼玉支部へ寄付金の贈呈がありました。

最後に、今回役員を退く7名へ支部より感謝の品が贈られました。 今年も「手芸の会」に記念品制作を依頼。
琥珀色の薄布で美しくラッピングされた素敵なネックレスを作って いただきました。

昼食の前、司会進行は辺見さん(69年卒)にバトンタッチされ、サ ークルからのお知らせや初めて参加なさる方の紹介など、気安くなごやかな雰囲気で総会は終了。そのあとはみなさん、テー ブルを囲んで弁当とお茶をいただきながら、おしゃべりに花を咲かせていらっしゃいま した。
(記録:加藤)

 

 

第二部 能・狂言鑑賞

午後からは場所を講堂に移して、いよいよ能・狂言の鑑賞です。


初めに光延先生による演目の解説がありました。

まず狂言。演目は「棒縛(ぼうしばり)」
主の留守に、いつもお酒を盗み飲みする太郎冠者、次郎冠者の2人が棒に縛られながらも互いに協力してお酒を飲みあうというお話。

軽妙なしぐさと、マイクなしで講堂に響く朗々とした声。

演者3名とも素晴らしかったのですが、萬斎さんはやっぱり華があったと私は感じました。
25分の演目でしたが、初心者にも十分狂言の面白さが伝わりました。

 

休憩なしで、次は銕仙会の能の「葵上(あおいのうえ)」
光源氏の正妻の葵上が愛人の六条御息所の生霊に悩まされているので、祈禱により鎮めようとするお話。

初めに薄水色の豪華な着物が舞台前方に置かれました。

光延先生の解説で、これは葵上が病に臥せっている様を表しているとわかりました。

 

能は、歌舞伎と同じように舞台で演じることができるのは男性だけのため、女性役の六条御息所や巫女役は男性が能面を付けて女性に扮しています。
能面は女性のものが多いのはこのためと納得しました(般若も女性とのこと)。

 

狂言は演者3名だけの舞台でしたが、こちらは演者のほかに、笛・小鼓・大鼓・太鼓の奏者や地謡の人、総勢10名が揃い、時に静かに、時に激しく、打ちならしたり、謡ったり舞台を盛り上げます。

地謡や演者の言っていることがわかりにくかったり、最後の拍手するタイミングに戸惑ったりしましたが、少し勉強すればもっと楽しめると思いました。
また、古典楽器の素晴らしさは十分に伝わりました。

 

埼玉支部創立20年を記念して、母校で日本伝統芸能に触れる機会がもてたことは、貴重な経験になりました。

(記録:井関)

 

アルバムは→ こちら

| 総会 | 17:37 | comments(0) | - |
2016年「埼玉支部の集い」
「第19回埼玉支部の集い」が5月21日、さいたま共済会館の5階会議室で開かれました。
69名が参加し、初めての方や若い方も多く、年代別のテーブルでは、どこもすぐに打ち解けて歓談する姿が見られました。
 
第1部    総会
司会のAさんと、議長のOさんによるスピーディな進行で全ての議案は全員の温かい拍手によって承認されました。


第2部    講演会
講師は「東日本旅客鉄道株式会社執行役員大宮支社長」という肩書きの阪本未来子さん(89年文社)。

プロジェクターを利用しての講演でした。
若々しい中にも責任ある地位に立つ人のエネルギーが感じられました。 →講演まとめ
 
第3部    茶話会
総会、講演会に続いて、同じ会場にて茶話会が開かれました。
飲み物とケーキが配られて、阪本さんへの質問が始まりました。主にJRに対する要望、注文が多かった中、どの質問にもメモをとりながら丁寧に誠実に答えてくださいました。

 
交流奉仕部と手芸の会からの寄付が支部長に渡され、会の終了となりました。

会場の後方には社会福祉法人「けやきの郷」のクッキー、社会福祉法人「さくら草」のお茶、手芸の会の手作り作品が並べられ、ほとんど完売しました。

ご協力ありがとうございました。
 
| 総会 | 23:43 | comments(0) | - |
報告*5/21(土)JR大宮支社長  阪本未来子さん講演『優しい輸送サービスを目指して』
2016年埼玉支部の集いは、JR東日本大宮支社長就任の新聞記事がきっかけで、同窓生のJR東日本株式会社 大宮支社長 阪本未来子(さかもと みきこ)さんに講演をお願いしました。



きりっとしたスーツ姿のプロフィール写真と違い、この日の阪本さんは落ち着いた色のワンピースにノーカラージャケットを着こなして、とてもフェミニンな印象。
こんな柔らかな雰囲気の方が、数千人もの社員をかかえる支社のトップで、2兆円企業の執行役員をなさっている事実に、これから聞くお話への期待が高まります。
大木支部長からの紹介を受け「平素よりJR東日本をご利用いただきありがとうございます」と、わざと営業用挨拶で応えるユーモアに会場から笑いが起こりました。「今日の話を通じて、JR東日本が『怖い』『冷たい』会社ではなく、『面白い』と思ってもらえれば」とのことでしたが、若くて快活な女性が大きな会社で活躍していること自体、十分好感度をあげていると思われます。
以下は講演の内容です。      (文責:役員会  H.K)


『優しい輸送サービスを目指して』

〇東京女子大学時代

1989年文理学部社会学科卒。大学時代は、統計手法やフィールドワークを学ぶ。卒論は「地方自治体での権力構造」。
あまり熱心な学生ではなく、大学の図書館でたくさんの本を借りては、大教室の後ろで読んでいた。興味のあるなしに関わらず、左の翼から右の翼まで、大学の先生方からいろいろな考え方を教えてもらった。
現在は高円寺に住み、近くに善福寺川が流れ、趣味のウォーキングをしていると、かつての学び舎を目にする。
今思い返すと、東京女子大学は“温かい”学校だった。

 

〇JR東日本(株)へ就職

1987年JR東日本発足当時の女性職員は全体の0.8%で、系列病院の看護師か電話交換手が主だった。翌88年、新卒97名のうち女性2名(技術職)を初採用したが、事務系総合職採用の1期生は私たち1989年入社の、いわゆる平成元年組である。217名中34名が女性。そのうち14名は今も働いている。
当時は、1985年の男女雇用機会均等法施行と景気の後押しを受け、多くの企業が積極的に女性の採用を始めたころ。なぜわざわざ、女性活躍の前に女性社員が少数の会社に?と疑問を持つことだろう。実際、他社の募集要項の中には『女子も可』と表記されており、「“も”ってなんだよ!」と思った時代である。そして、就職活動中JR東日本の社員の方から話を聞くうちに、JR東日本には魅力的な人が多いとわかったこと、“女性がいない”ことが逆に、入社してから何かが出来そうに思えたこと、が就職の決め手になった。
しかし、当時母は泣いて反対した。母の反対を押し切るのは大変だったが、今では勤続28年目。よもやこんなに長く勤めることになるとは想像していなかった。

〇入社〜現在まで

今までに19回の転勤を経験。
7年目までは人事部の教育関係が中心の仕事で、いわゆる鉄道マン的な仕事に携わることはできなかった。
1999年に労働基準法の「女子保護」規定が改正され、時間外勤務や深夜・休日の労働ができるようになり、『駅勤務➡車掌➡運転士』というサイクルや『メンテナンス部門』への採用も始まる。その中で駅営業での女性社員用キャリアプランの作成に携わった。
びゅうプラザの助役という管理者の立場を経験後、渋谷駅の副駅長として初めての管理職に。水戸支社への単身赴任を経て2度目の大宮支社勤務時に東日本大震災を経験した。帰宅困難となったお客さま対応、計画停電対処など、問題は多々あったが、列車が駅間で緊急停止をした際に、周辺地域の方々が、乗客への避難場所や食料、非常発電機を提供してくれるなど助けてくださった。
また、復旧後の運転再開をたくさんの人に喜んでいただくという貴重な経験もした。
その後、本社でサービス品質改革の仕事に関わったのち、2015年、支社長として3度目の大宮勤務となる。

〇JR東日本グループについて

JR東日本になって、まず初めに事業者として判っていた問題点『接遇』と『混雑緩和』『トイレの改善』は急務として取り組んできた。
『マーケティング近視眼』の著者、経済学者のセオドア・レビットによれば「アメリカの鉄道会社の衰退は、自動車や航空機のせいでなく、お客さまや物を目的地に運ぶことととらえず、車両を動かすことを自らの使命だと定義したことが要因」だそうだ。
私たちも、列車を動かすという機能的なことではなく、お客様を目的地まで安心、安全に送り届けることを事業運営の目的にしなければならない。
安全性の確保のために、線路の保守をし、快適な車両を作り、安心して列車を利用してもらうために「エレベーターがない」「券売機が使いにくい」という要望に応えるのである。
都心の混雑率を例に挙げると、ダイヤの設定や車両を幅広くする等の工夫で混雑率は下がってきたが、「快適」と感じられるまでには、まだ努力が必要。
トイレの改善は、消臭、親子トイレやベビーチェア、多機能トイレの設置など、ずいぶん進んだように思うが、企業側からの提案には限界があることに気づき、現在は『お客様にとっての使いやすさ=ユーザビリティ』を重視している。現場にいる第一線の社員が吸い上げるお客様の声のほか、インターネット経由や『JR東日本ご意見承りセンター』に届いた要望をデータ化するとともに、SNSを通じたつぶやきなども、社員全員が見られるようにしている。ぜひ、「〇○駅のエスカレーターのベルトが汚い」など、具体的な内容をどんどん知らせてほしい。迅速に対応する所存です。



〇大宮支社について

大宮支社はJR東日本12支社のうち最も新しい上、5方面に伸びる新幹線ネットワークの要と首都圏輸送ネットワークの北の砦、観光地を備えた、JRの縮図のようなところだ。
大宮は今でこそ「鉄道のまち」で知られているが、高崎線が通った明治16年に駅はなく、浦和駅の次は上尾駅であった。大宮宿の衰退を憂えていた白井助七氏が、高崎線から宇都宮線への分岐駅を作ってくれるなら土地を無料提供すると名乗りをあげた。
その後も周辺に工場や操車場が作られ、今では全国で有数の規模を誇る大きな駅となった。
現在の大宮支社のコンセプト「ともに明るい未来を創ろう」の言葉通り、今後は地域の方たちと協力して、遠方の観光地へ向かう人たちが途中下車をしたくなるような魅力ある街情報を発信していきたいと思っている。

〇ダイバーシティ(多様な人材を受け入れるということ)

制度は変わっても、人の心はなかなか変わらない。
男性と同様の職種での採用が始まると「女の子が夜働くのは可哀想だよね。」と言われ、新しい職場へ転勤の際は「管理体制がしっかりしたところだから大丈夫」と励まされる始末。雇用機会均等法以降、やっと男子と同等に働けると門戸が開放され、自ら女性が選んだにもかかわらず、である。
それまで女性は深夜業の無い職場やどちらかというと“女性らしい”と一般的に考えられる分野で働くことがほとんどであった。女性側にプロ意識に欠ける部分があったことも事実だろうが、結局、働き続けるのは困難で、第1子、特に第2子の出産をきっかけに退職する同期は多かった。
が、2004年、当時の社長の号令で社員の意識改革と制度の推進が図られた。育児休職の延長や復職するときの配慮、そこから発展し、2009年には分娩休暇を除いて、育休も介護休暇も時短勤務も男女が同じように、ライフワークバランスを考えながら選択できるようになった。性別は、趣味や宗教、国籍と同じように個人の1個性であり、いろんな個性がぶつかり合いながら最大限に個々の能力を発揮することで、企業の競争力は高められていく。今では、山手線車掌の4割は女性だし、車掌も運転手も女性という電車も珍しくない。が、たまにお客様から「女性運転手で大丈夫?」という声を聞いたことがある。男性も女性も等しく厳しい訓練を受けているので、どうか信頼してほしい。これが会社のスタンスである。
これまでは女性の採用と職域の拡大を意識してきたが、今後は育成と登用を主眼においてやっていくと先般プレス発表したところでもある。

〇伝えたいこと

好きな言葉は『一期一会』と
『try to learn everything about something, something about everything』
(生物学者トーマス・ハックスリーの碑文より)
専門分野という狭い領域については深く、そして一般的なことに関しては浅くで良いから広く学びなさい、というような意味だと思われる。広く物事を知るということは、何かを決断するときに大いに役に立つとこの頃実感する。
働き始めた頃は「大学の講義って役に立たない」と思ったことも事実だが、今は4年間勉強しておいて良かったと断言できる。リベラルアーツが軽んじられる風潮の昨今、専門の勉強を極めることと同じくらい、本を読んだり人と話したりすることは大切で、いずれ大きな財産になるということを若い学生たちに機会があれば伝えたいと思っている。

 
| 総会 | 23:12 | comments(0) | - |
第18回「埼玉支部の集い」

 
高曇りの白い空から柔らかな光が射す5月23日、「第18回 埼玉支部のつどい」が開催されました。
会場となった埼玉会館3C会議室は73名の参加者で満席。初参加の方も多く、フレッシュなお顔や懐かしいお顔が混ざって、賑やかな会となりました。
 

第1部 総会

総会は司会のNさんと議長のOさんによるテンポの良い進行で、短時間で終了。
全ての議案は、温かい拍手で承認されました。
 
今年は役員改選の年。新たに役員となった5名が紹介され、4年間お骨折りくださった役員のOさん、Mさん、Kuさん、Koさん、Kさんに感謝の記念品が贈られました。
 

第2部 講演会




講師の黒田杏子先生(俳人)による、熱い心と軽妙でさばけた語り口の講演は、俳句はもちろん、ご自身のファッションから交友関係までに亘り、聴衆を引きつけて放しませんでした。

心通う楽しい講演会となり、皆、もっともっとお話を伺いたい気持ちで一杯だったと思います。
茶話会にもお付き合いくださった先生は、「頼まれれば5時間でも話しますよ」と笑顔で帰路につかれました。

講演会アンケート報告はこのレポートの最後にございます。
講演の詳細につきましてはこちらをご覧ください→ >>>講演報告>>>


第3部 茶話会



Hさんのしなやかな司会と、サークルやミニ支部会からの内容の濃いご報告で、あっという間の1時間半でした。
黒田先生の付き添いでお越しになったYさんからは、埼玉支部は「足並み揃った素晴らしい活動」をしていると、お褒めの言葉を頂きました。

<新支部長あいさつ>
1、ミニ支部活動の活性化
2、支部の歴史を大切に
3、チェンジ(新たな活動方向も)
埼玉支部初の若手支部長となった大木さん。若輩者(でも50代)と恐縮しつつ、以上の三つを柱に活動していく決意を頼もしく述べました。

<交流奉仕部>
Yさんから、支部発足以来ずっと、皆さんに喜んで頂ける幅広い活動を続けている部の様子や、母校園遊会参加報告がなされました。(お誘い 報告

<サークル>
SSシネマの会」Aさんからは、会の成り立ちや活動内容のお話し;「ラフラフ会」Iさんからは、活動の様子や会員募集など;「お茶を楽しむ会」Sさんからは、表千家、江戸千家、裏千家と流派を越えて楽しんでいること;「観劇の会」Kさんからは、秋の観劇会「ヴェローナの二紳士」のご案内(http://twcusai-yotei.jugem.jp/?cid=38265);「手芸の会」Tさんは、メンバーが増えていることや寄付活動などの報告をなさいました。この日も、手芸の会から一年間の売り上げが支部に寄付されました。

<ミニ支部会>
熊谷ミニ支部会 」Yさんからは会の歴史とイベントへのお誘い(報告);昨年出来たてほやほやの「越谷ミニ支部会」Nさんからは、イベントを数打って人を集めていく決意(お誘い 報告);新支部長お膝元となった「川越ミニ支部会」のMさんからは、Eメール、ファクシミリ、手紙を駆使して会員を募っていること(お誘い 報告);「所沢ミニ支部会」Sさんからは、秋には必ずイベントを行うこと(お誘い 報告);「志木ミニ支部会」Sさんからは7月にこれからの企画を相談するが、会員お手持ちネックレスのリフォーム会も予定していること(お誘い 報告);「プチさいたま」Kさんは、講演会「児童福祉の課題」(6月27日)の案内をなさいました(お誘い 報告)。

<委員会>
ホームページ委員会」Yさんからは、楽しい支部活動情報盛りだくさんな「メルマガ登録」のお願いと、支部サイトのご案内;「編集委員会」では、Hから「埼玉支部だより」スタッフ募集をいたしました。



ー 全体 ー

<販売>
黒田先生ご推薦のご本(希望者にはサインをしてくださいました)、「福祉法人さくら草」の無添加石鹸や焼き物、「福祉法人けやきの郷」のお菓子、「手芸の会」による作品の数々が販売され、いずれも大変好評でした。

<寄付活動>
今年も被災学生への募金箱が設置され、11,276円が集まりました。



ー 参加者アンケート回答(順不同)

講演会
・黒田先生の「情熱」に改めて感動しました。先生を目標にこれからを生きていこうと思いました。
・黒田先生のお話は予想していない面白いお話で楽しく聞きました。素晴らしい同窓生がいらして嬉しかったです。
・黒田さんのお話は、面白かったですね〜。よい講師を選んでいただいて、ありがとうございました。
・素晴らしかった! ただ私のお隣の方は俳句を何句か選んで解説して下さるのかと思っていたけどおしゃべりだけだったと不満気でした。人によって色々な受け止め方がありますね。
・黒田先生のお話がとても面白かったです。
・講演・・・頭が活性した。
・黒田先生のお話が大変楽しかったので、俳句に縁がなかったけれど、ご本も買って親しんで生きていきたいと思いました。
・とても素晴らしい講演会でした。黒田杏子さんは初めて知った方ですが、これからはいろいろな方面で黒田さんのことを見つけたら注目していこうと思います。この様な方をご紹介して下さった事、ありがとうございました。
・いつも講演会を楽しみに参加しております。今回もすばらしかったです。元気になりました。
・黒田先生のお話、先生のパワーに圧倒されとても興味深くうかがいました。
・黒田先生のお話は素晴らしかった。
・とてもとても良かった。お話を聞いて、私の小さな世界に扉を開けてくださった感じです。また、ぜひ黒田さんのお話ききたいです。

その他
・初めのアナウンスがよかった。心がこもっていた。校歌CD付きで歌いやすかった。
・若い支部長が新しい風を入れてくれることに期待しています。自由にやって下さい。
・総会での報告、今年度はミニ支部に力を入れ予算も多くなさったことは、とてもいいことだと賛同します。活動が広がって、役員のみなさまはご苦労がと思います。これからもどうぞ頑張ってください。
・議事・・・スピーディーでよかった。ミニ支部の会員に若手が少ないので、70年卒業の頃の人たちに呼びかけられると良いと思う。
・有意義な楽しい一日を過ごさせていただきました。次の講演会が今から楽しみにしております。
・校歌斉唱について、年をとって高音域が出にくいので、もう少し “キー” を下げていただけるとありがたいと思いました。“埼玉支部の集い” 垂れ幕もよいのが出来てよかったですね。
・すべてにおいて、お心配りのある総会、講演会でございました。ありがとうございました。
・こんなに活発な埼玉支部のお蔭で私の残された人生は輝いています。今度は若い支部長の下でどう発展していくか楽しみです。
 
 レポート:MH
| 総会 | 13:23 | comments(0) | - |
講演会「俳句はHAIKU 日本の国民文芸は世界語です」
支部の集い 第二部

俳人・エッセイスト 
黒田杏子(くろだ ももこ)先生


藍生俳句会
http://www.mmjp.or.jp/aoi/



○自己紹介
「1938年生まれ 寅年 獅子座 AB型 私の個人情報です」と自己紹介が始まると、会場の緊張がすっとほぐれる。
杖をついてのご登壇を心配する雰囲気を察してか、「櫻の巡礼を重ねていた頃は、早稲田の暉峻康隆先生から『韋駄天』とあだ名をつけられた私。脊柱管を痛めてしまいましたが、韋駄天が杖をついているだけです」と、今も衰えない行動力をアピールし、杞憂を解いてくださる。
この日のファッション・アイテムであるインドの手絞りのストールと、サリーの生地で仕立てたロングジャケットを肩から外し、「お返しくだされば結構ですので、ご覧になって」と会場に回覧してくださる頃には、更に空気が和やかになる。
大塚末子さん(着物デザイナー)考案の、もんぺスーツ姿となった先生は広げた扇を高く掲げられたが、そこに書かれているのは秩父出身、熊谷在住の金子兜太筆「熊谷の 暑さきわまり 美しき」の一句。埼玉支部への細やかな心遣いをいただきました。


以下に講演の内容を要約いたします。

○俳句で結ばれたご縁
東京女子大入学と同時に、母の勧めで俳句研究の会「白塔会」に加入、指導者の山口青邨に入門する。
卒業と同時に博報堂に入社。60歳定年まで在籍。俳句を止め学生時代から好きだった劇作・染色・陶芸など自己表現の手段を模索したが、28才で俳句の道へ復帰。
博報堂では、天野祐吉さん等の後、雑誌「広告」の四代目編集長に就任する。会社員と俳人という二足の草鞋を履くこととなるが、博報堂は「社内文化人」としてその活動を認めてくれる。

俳句のおかげで、「黒田杏子の達人対談(家庭画報)」などの仕事もあり、数えきれない多くの方と交流を深めることができた。
主な方のお名前を挙げると、永六輔さん、瀬戸内寂聴さん、堀文子さん、新川和江さん、馬場あき子さん、日野原重明さん、金子兜太さん、石牟礼道子さん、篠田桃紅さん、芳賀徹さん、小柴昌俊さんなどなど。
とりわけ自分がかつて土門拳の『筑豊の子供たち』に影響され、セツルメントの活動で現地まで応援に行った経験もあることから、いま金子兜太さん、石牟礼道子さんのお考えにはとても共感ができる。俳句はたった17音字の世界最短の詩形だけれども、言うべきことが言えないものでも無いと、お二人の俳句が教えてくれる。

篠田桃紅さんの『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』(幻冬舎)は、ただ今ベストセラーとなっているが、簡潔な文章で読みやすく、ともかく素晴らしい内容なのでお薦めしたい。
篠田さんはこの本で「年をとるということは、創造(クリエイト)しながら生きていくこと。100才を超えると「そこは治外法圏」なのだから毎日が創造。美術作品を作る時以上に、生活がマンネリズムに陥ってはいけない。道なき道を行く好奇心に満ちた心構えが要る。集団に属さず、独り潔く生きること」と刺激的。


○俳句の苗木
アメリカ国務省の女性外交官で英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、日本語が堪能な、アビゲール・フリードマンさんと私の出会いは、奇跡のようだ。彼女はフランス駐在時に俳句を知り、日本駐在のわずか3年の間に、ふとしたきっかけで、富士山の見える沼津の御用邸での句会「沼杏(ぬまもも)会」に参加し、私と出会う。

初めての句会で、「俳句は魂のかたちです。句会は他の人の心のかたちを味わわせていただき、自分の魂を知るものです。句会は何より平等なもの」と私の語ったことに反応。「あなたを俳句の師と定めた」とフリードマンさんから、個人授業依頼の手紙が届く。初めての俳句授業では、いきなりレコーダー持参で、“日本人と桜”についてのお話をと要求されたが、28年間の桜巡り満行後なので、話す素材はいくらでもあった。二人の俳句授業に割ける月一回二時間と、限られた滞日期間という緊迫感で、濃密な授業が18カ月続いた。

フリードマンさんの帰国にあたり、この世に二つとない、誰とも違う自身を映しだす句を作るようにと、「不二」の俳号と、『皐月富士 別るるはまた 逢はむため』の句を贈るとともに、彼女を“俳句の苗木”と称え、世界中に俳句を愛する心が運ばれ、その苗木がどのように成長発展するか楽しみです、と励ました。

帰国して3年後、フリードマンさんはこの俳句体験を”The Haiku Apprentice”にまとめる。芳賀徹さん(国際日本文化研究センター・東大名誉教授)から日本語訳を勧められ、親友の中野利子さん(中野好夫氏息女)が引き受け、岩波書店から『私の俳句修行』として刊行された。昨年は、私の俳句100句を選んで英訳し、ドナルド・キ―ンさん、ロバート・キャンベルさんから、巧みな訳への賛辞を受ける。本のタイトルとなった 『I Wait for the Moon』(月を待つ)は、『みづうみの ほとりの寺に 月を待つ』からの引用だが、この句は、芭蕉の『三井寺の 門敲かばや けふの月』を踏まえ、更に芭蕉の句の背景には、漢詩『僧は敲く月下の門』(賈島《かとう》)のあることも記されている。
私の育てた「苗木」は、今確実に、英語圏の人々に俳句という素晴らしい日本文化を伝えてくれている。信じられない事実です。

○会場からの質問
「俳句はいつ作られるのですか?」には、明け方に5〜6句とのお答え。
それに付け加え、葉書や手紙を書かない日は一日も無いことや、テレビ無しの暮らしで、自分と向き合い、読書と思索する時間が増えたとも。

○講演をうかがった後で
黒田先生とフリードマンさんの師弟関係は、温かく、真摯で、奇跡のような珠玉の出会いだと思いました。『私の俳句修行』の中に、彼女が“私の心の「奥の細道」をたどる途上で”とあり、日本人以上に日本人の感性を備えた人だと感じました。
長寿を保ち輝きを保ち続ける方々のエピソードからは、齢を重ねて生きて行くこれからの人生の指針と、勇気をいただきました。楽しくお話下さったので、笑いながら聴いておりましたが、自分を見つめる時間を持ち、自分の人生の決定権は自分で持つことや、簡素に深く潔く生きることの大切さが、時が経つほどに心に響いています。

(Y.K)

 
| 総会 | 00:45 | comments(0) | - |
5/17講演会「シェイクスピアに出会うまで、そして出会ってから」
2014支部の集い  第ニ部 講演会

      翻訳家・演劇評論家 松岡 和子 先生


「出会うまで」

○幼いころから、ネイティブの英語に接触
満洲国政府の高官であったお父様が、終戦後、ソ連に抑留され、11年後にご帰国(10年間は生死も不明)
東女の先輩であるお母さまは、その間、和子さん、妹さん(東女‘66文社卒)、生後間もない弟さんの生活を支えられた。東女時代の同級生が恩師であるチャペル先生を迎えて子供たちのために英語教室を開き、ダイレクトメソッド(英語のみの授業)を実践していた。
和子さんは妹さんと幼いころからそこに通ってネイティブの英語に触れ、英語大好き少女になられた。
少女時代、村岡花子訳“赤毛のアン”を読み、魅力的な翻訳の仕事を知る。(今の原点)

○英文科へ シェイクスピアが近づいて
高校時代の英語の広瀬先生(津田出身)にあこがれ、津田と東女と両方合格。
津田への入学手続きの日が雨降りで、結果、東女入学。
恩師コールグローヴ先生の英文の授業は楽しく、山のような課題〈原書〉と格闘し勉強に励む。
シェイ研(原語でシェイクスピア劇)を覗くも、厳しい雰囲気に逃げる。

○遠回り
洋画研に入って、絵画づけ。ある年の文化祭に洋画研は、舞台美術家・朝倉摂さんの講演会を開く。のちに親しくなり、「芝居は花火と同じ、消えるからいい」の言葉に感銘を受ける。

○また近づいて
シェイ研の先輩に勧誘されて「夏の夜の夢」のボトムを演じ、芝居の世界で生きてゆきたいと思う。
卒業後、ご両親の反対を押し切って劇団「雲」の演出部(後に文芸部)の研究生になる。
劇団「雲」は福田恒存さん、芥川比呂志さんによって設立されたばかりの時。
(劇団「雲」のこの時、旗揚げ公演 「夏の夜の夢」)

○また遠ざかる
劇団では力不足を感じて、東大大学院に進学。
ジェイムズ朝の劇作家ジョン・フォードを研究。(シェイクスピアを避ける)
劇団に戻るつもりが 結婚、子育て、非常勤講師。

○逃げたつもりが通せんぼ
T・ストッパードの戯曲「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」を翻訳。
一人芝居「エドマンド・キーン」を翻訳。
(ジョン・フォード、ストッパード、「エドマンド・キーン」のいずれもシェイクスピアがベースにあり、シェイクスピアを読むことになる)

「出会ってから」

○シェイクスピアに捕まって
ローズ串田和美さんから最初のオファー
(シアターコクーン上演予定の「夏の夜の夢」の翻訳依頼)

ローズ東京グローブ座からオファー
(「間違いの喜劇」「ロミオとジュリエット」)

ローズ銀座セゾン劇場からオファー
(蜷川幸雄演出の「ハムレット」、デヴィッド・ルヴォー演出の「マクベス」)

ローズ筑摩書房の出版の企画では、上記5本だけでなく全部翻訳要請。
(表紙:安野光雅さん)

ローズ蜷川幸雄さんからのオファー
(さいたま芸術劇場でシェイクスピア劇全37作を松岡訳で上演予定)

 トランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプトランプ

松岡先生のシェイクスピアとの関わりを伺っていると、どんな遠回りも、大変なことも、人との関わりも、後に全て大切になる、と思いました。
お父様の苦難、お母様の戦後のご苦労、女子教育に開明的なご家庭環境、チャーミングなお母さま(ミーハー族の下のドレ族!)、お住まいが阿佐ヶ谷(東女に近い)、恩師の方々、劇団「雲」の方々、演出家の方々(出てきたお名前だけでも、立派な演劇史です)との出会い。
もう、このまま、朝ドラになりそうです。

昨年上演された「ヴェニスの商人」のめったに見られない貴重な稽古のシーンもDVDで見せていただきました。
同窓生からの質問「シェイクスピアのテーマとは」に「世界は舞台、人は男も女もみんな役者、この舞台への登場は誕生、退場はこの世から消えていく死」がテーマ、とお答え下さって、更にシェイクスピア最後の戯曲「テンペスト」の最後のセリフ

 いまの役者達は、みな妖精だ。
 そしてもう空気に融けてしまった。
 だが、いまの幻影と同じように、
 豪華な宮殿、高い塔、荘厳な寺院、巨大な地球そのものも、
 この地上のありとあらゆるものは、やがて融け去る。
 あとにはひとすじの雲も残らない。
 我々は、夢と同じ糸で織り上げられている。
 ささやかな一生をしめくくるのは眠りなのだ。


と、凛とした声で表現された時は、普通の会議室の空気が変わって、劇場のように感じました。
とても、楽しく貴重なお話の数々でした。

               Y.K
| 総会 | 23:48 | comments(1) | - |
第17回「埼玉支部の集い」



昨年同様に「五月晴れ」の平成26年5月17日土曜日午後、埼玉会館3C会議室に集まった70名あまりの笑顔の中で「埼玉支部の集い」が開かれました。
 
第一部 総会

総会は副支部長、溝尾照子さん(64短教)のにこやかな司会進行で始まりました。

年にたった1度だけ声を揃えて歌う、たどたどしさも微笑ましい校歌斉唱の後、支部長の小河徹子さん(71文心)が、年度初めに傘もさせないほどの春の嵐の中で第1回の役員会が開かれたことや、埼玉探訪の際は台風を心配したことなどのエピソードを披露しながらご挨拶。

ハラハラしながらも「明るく楽しく面白い支部活動」をモットーにチームワークで乗り切りましたと、1年間を振り返りました。



総会第1号議案の「2013年度活動報告、2014年度活動計画(案)」と第2号議案の「2013年度収支報告、2014年度予算(案)」は、いずれも温かい拍手で出席者の皆さまに受け入れられ、総会は無事終了いたしました。
また、繰越金から大学創立100周年に向けて本部へ寄付をしてはとの提案がなされ、今後検討することになりました。
 
 
第二部 講演会
「シェイクスピアに出会うまで、そして出会ってから」




翻訳家・演劇評論家である松岡和子先生(65文英)の講演会は、包み込むような笑顔と優しいお声で語られる興味深い内容に、1時間半があっという間でした。

人生の様々な出来事がすべて、現在のご生活とお仕事の中心であるシェイクスピアの戯曲翻訳へと繋がっていた「運命」のお話に、聴衆は胸が熱くなる思いでした。

アンケート(後日掲載予定)にはたくさんの感動の言葉が綴られています。そして多くの方が、シェイクスピアへの興味や向学心をあらためて湧き上がらせたご様子でした。


 
松岡先生へ贈られた感謝の花束と長野文子さん(66文社)手作りのお菓子は、副支部長であり同級生でもある熊谷清子さん(65文英)が作成した一閑張の手提げ籠と共に手渡され、心のこもったおみやげとなりました。



今回、書店「須原屋」さんが松岡先生のご著書を出張販売してくださいました。用意された本は完売。茶話会の間、松岡先生はサインに追われて大変だったことと思いますが、サイン本を手にした参加者は嬉しさに顔を輝かせていました。
 
講演の詳細は「講演会報告」をご覧ください。


第三部 茶話会

松岡先生と、2010年から本年3月まで東京女子大学の学長を努められた眞田雅子先生(65文英)を交えての茶話会では、美味しいケーキをいただきながら、辺見節子さん(69短教)の司会で和やかで親しみやすい雰囲気の中、交流を深めました。
 
まずは同窓会本部で財務委員長を務めていらっしゃる島津満里子さん(70文数)から、大学創立100周年に向けての寄付活動、夏に開かれる松岡先生の講演会、秋に予定している「天満敦子・岡田博美 デュオ・コンサート」についてのご紹介がありました。

続いて初参加の方々からご挨拶をいただきました。みなさん同窓生の中に居ることに安心感を得られたご様子でお話をなさっていました。

また、交流奉仕部、各ミニ支部会、各サークルから活動参加へのお誘いがありました。それぞれのお誘いにつきましては、埼玉支部のウェブサイト(http://twcu-saitama.com)やメールマガジン(登録)、年2回発行の「埼玉支部だより」にて順次お知らせしておりますので、そちらをご覧ください。
 
手芸の会」から埼玉支部へ、手作り作品販売の売上金をご寄付いただきました。



また総会にて設置された被災学生への寄付金の箱は、皆さんのご厚情でいっぱいになりました。
感謝申し上げます。

  

以上、終始笑顔でいっぱいの「埼玉支部の集い」のご報告でした。


旧役員Oさんが作って下さったアルバムをご覧ください。
   
アルバム「第17回支部の集い」

特別オマケ画像:準備の様子をちょっぴり

  
 
| 総会 | 20:51 | comments(0) | - |
第16回「埼玉支部の集い」
五月晴れの平成25年5月18日(土) 
埼玉会館にて支部の集いが開催されました。
 

手芸の会のお店も出店され、61名の方が参加されました。


第一部 総会
(13:00〜13:40)

校歌斉唱の後、志賀支部長が、昨年は無事15周年を祝うことが出来たこと、周りの方のご協力への感謝、被災学生に対する募金活動への感謝などを述べられ、母校の創立百周年記念観劇会へのご支援をお願いされました。
志賀支部長

第一号議案 2012年度活動報告 2013年度活動計画(案)
第二号議案 2012年度収支報告 2013年度予算(案)
第三号議案 役員改選(案)

活動計画では昨年12月の運営委員会の時に東部ミニ支部立ち上げの要請が出て、約500名の会員のいる春日部、越谷など東部地区にミニ支部を立ち上げることを支部として取り組むことになりました。
ともに賛成多数の拍手で可決いたしました。


第二部 講演会 (14:00〜15:30)

「言葉の花束をあなたに
〜学びと貢献」
 講師 好本惠さん (アナウンサー 十文字学園女子大学特任教授)

  好本さん
どちらかと言うと私は「地味でさえないアナウンサー」
でも「しぶとい」と言われている。
「しぶとい」は東京女子大学の校風でないか。

◆女子大生だった頃
穏やかな校風の中で、漱石、源氏物語、硬式庭球部、宗教学、
クリスマスキャロル・メサイア、華道などやりたいことが沢山あり、
のびのびと取り組んでいたが、
山口青邨先生の俳句研究会に入りそびれたのが、
悔やまれる。

◆就職
松村緑先生の「日本語を大切に」という言葉を胸に、
夢中で就職活動をした。
NHKの面接官の言葉で演出志望をやめ、
表現することが好きなのでアナウンサー志望となり
1976年アナウンサーになる。
振り返ると記憶がないほど忙しい日々を過ごした。

◆退職してアメリカへ
夫の留学が決まり5年で退職を余儀なくされ渡米。
コーネル大の日本語教育のジョーデン先生の研究室を訪ね、
ゼミへの参加と音声教材作りに参加させてもらう。
毎日凄く楽しい日々を過ごしていたのに、
仕事の夢ばかりみるようになって
病気になりそうなくらい仕事がしたくて、
帰国後フリーの仕事を始める。

◆2度の妊娠は「ただ今充電中!」
8年目に妊娠し、2度の出産をし
仕事を休む時に焦燥感を感じたが「ただ今充電中!」と考えた。
西宮に夫が転勤した時は、子育て中で焦りを感じたが
朗読ボランティアなどで細々と声を出し続けた。
「言葉」が勇気をくれた。

息子の最初の言葉が「よいと」(ヨイショ)だったので
面白くて覚えた言葉を集めた。
子どもの言葉の数は幾何級数的に伸びて行った。
そんな中で焦燥感は薄れていった。
自分の得意分野で人間の発達を観察するのは素晴らしい。

◆阿部なをさんとの思い出

「きょうの料理」でずっと指名してくださった。
お産の時「しばらく母である時間を存分に楽しんで…
またご一緒に」と書いてくださった。
勇気をいただいたお手紙は宝物。

※お薦めの本(絶版) 
小鉢の心意気 (ちくま文庫): 阿部 なを http://is.gd/e930w7

◆アナウンサーの仕事の醍醐味
・人と協力して創る楽しさ、達成感
・出会いの感動
・日本語を大切に考える表現者  …

◆子どもたちに対する思い
マザリーズとは
・声が高くなる
・抑揚がある
・間が空く
・繰り返し
この声掛けで赤ちゃんの反応がよくなり発達を助ける

地域で大人が子どもたちに「言葉の花束」を贈ることで
昔ながらの「地域」を取り戻したい。

◆生涯現役で地域に貢献するためには
物事に興味や関心を持つように努める

◆丸山キヨ子先生の言葉
「暮らしの中で文学をすればいい」
日々の暮らしの中で「好き」を持ち続け、学ぶ姿勢が若さのポイント

◆最後に
同窓会の仕事は学びと貢献を大事にする活動だ。
いつまでも若々しくすごすためにも、どうぞお続けください。

若々しくてお綺麗で「地味でさえない」なんて!
たくさんの大切な方たちからの言葉の花束によって勇気づけられ、
動けない時は「ただ今充電中!」と気持ちを切り替え
言葉を通じて自らを豊かにし、
社会や子どもたちに貢献しようとする生き方は
自らもまた言葉の花束で周りを幸せにしてゆきたい
という強い思いが伝わってきました。

「もう年で何も出来ない」という先輩の質問に答えて
無財の七施 慈顔施 言辞施 和顔施…」
と言う言葉を教えて下さいました。
「愛情を込めた言葉や微笑で、
 地域の子どもを二重、三重に抱っこしましょう」
と温かい言葉で締めくくられました。


第三部 茶話会 (15:40〜15:30)

ミニ支部やサークル代表の報告の後、
初めての参加された方のお話をお聞きしていたら、
あっという間に楽しい時間が過ぎてゆきました。


手芸の会からも寄付があり、
被災学生への寄付金合計は15,000円となりました。
ご協力ありがとうございました。

旧役員の小野さんと倉澤さんの作って下さったアルバムをご覧ください。
   ↓
アルバム「第16回支部の集い」

                ひさごん

| 総会 | 08:59 | comments(1) | - |
第15回「埼玉支部の集い」
 平成24年5月19日(土)13:00〜16:30

教育会館2階

 

晴天の中、72名の参加のもと、盛大に「埼玉支部の集い」が開催されました。

 

 

第1部     総会(13:00〜13:50)

原さんの司会進行、駒田さんの名指揮で校歌斉唱に引き続き、議事の審議が行われました。

校歌斉唱 


◆ 支部長挨拶

 昨年は、東日本大震災があり、大変な年であった。総会時の募金が7万6千円あり、被災学生奨学金として、大学に寄付いたしました。また年度末には、埼玉支部として3万円寄付をいたしました。まだまだ息の長い支援が必要と思い、今年度も募金箱を設置しておりますのでご協力お願いします。

 

◆ 議事

 第1号議案

  2011年度活動報告・2012年度活動計画(案)

 第2号議案

  2011年度収支報告・2012年度予算(案)・監査報告

 第3号議案

  会則改正(案)

 

 第2号議案のミニ支部会への助成金について、算出根拠等の質問から、ミニ支部会の発足の経緯等について質問が出された。歴代の元支部長により、ミニ支部発足の経緯、全埼玉県をまだカバーできてはいないが、できれば全域で活動されるようになることが望ましいこと等のお話をいただくことができ、新しい会員は埼玉支部の歴史を知ることができた。


 第3号議案では第8条の役員の任期の改正と第6章の改正を提出された。活動に参加してくる会員のほとんどが、役員経験者になり、今後のますますの発展のためには、経験者から再度役員に推薦、立候補してもらえるよう改正をするものである。また第6章は、すでに活動している編集委員会及びホームページ委員会を会則の中に明文化するものである。

 

全議案とも、賛成多数で可決された。

 

 

第2部 講演会「アメリカはおもしろい」

 講師 佐藤宏子先生

   (東京女子大学名誉教授 維持協力会会長)

    

佐藤先生の講演

 ご専門のアメリカ文学を通して、それを生みだした国の歴史や文化や社会現象の移り変わりを永年に亘り研究してこられた佐藤先生は、アメリカ社会が幾度も危機的状況に直面しながらも、世界の最も重要な国家の一つという立場を維持し続けている理由を考察し今回のご講演のテーマとされました。


異質の物を内部に取り入れながらも、変わるものと変わらないもののバランスを巧みに操り、安定を取り戻してゆくという屋台骨の柔軟さ。これこそがアメリカという国のおもしろさであり、興味は尽きないと先生は話されました。


 先頃オバマ大統領が同性間の結婚を認めると言う声明を発表しましたが、先生が留学中の1950年代のアメリカでは白人と非白人との間の結婚は公認されていませんでした。1996年クリントン大統領は議会の圧力によって、結婚は男女間であるべきという案に署名をしました。その僅か16年後の今日、今回のオバマ大統領の声明をみると、個人の自由と権利を尊重する社会に変えるべきという意識の改革がみてとれます。


 一方、変わらない或いは変えてはいけないものの解釈の基礎として、先生は三つの例をハンドアウトにして示して下さいました。


 一例目はピューリッツアー賞受賞作家Anne Tyler の最新作 The Beginner’s Goodbye 主人公にとって未完の願望に終わっている「普通の幸福」の実現には、社会階層を超える「人間の絆」を育むことこそ大切だと、作者は彼の深層心理を通じて暗示する。


 二例目は日本では今年5月封切りの映画「ファミリー・ツリー」(原題は The Descendants  )。この映画に於いてもテーマは「家族の絆」の大切さです。


 そして三例目は先生が2010年に翻訳出版されたウィラ・キャザーの「マイ・アントニーア」。およそ百年前に書かれたこの小説には現今の疑似家族という形態に似た、主人公ジムにとっては血縁の無い、しかも異民族の家庭との深い関わりが描かれています。そしてこの小説の一番大きな柱として、アメリカ中西部の厳しい自然の中で11人の子供を産み、大家族と作物と家畜をはぐくみ育てあげることこそ自分の使命であり、自分は豊かな生命の泉だと自信をもって話すアントニーアの存在が光ります。


 家族の基礎は変えてはいけない。どんなに社会情勢が変わろうとも遺産相続や年金といった制度的な問題を含め、アメリカは社会に生じる諸問題を「家族の絆」という既存の枠の中に収めて解決しようとしている。ここで、オバマ声明と軌道が一つにまとまります。


おもしろいテーマでした。

それにしても51年前に私が女子大に入学した時と少しも変わらないもの、それは佐藤先生の明るい笑顔と優しい語り口でした。

 

 

第3部 茶話会

 溝尾さんのソフトな司会進行で、ケーキとコーヒーをいただきながら、講師の佐藤先生もご参加のもと、なごやかに第3部にうつりました。

 今年は先生の教え子が多数参加してくださり、県外からの参加者も例年より多く、遠くはUSAミシガン州の方の飛び入り参加もありました。うれしかったのは久しぶりの方や初参加の方が多かったことです。是非是非これからの行事にも参加してくださいませ!

茶話会 

(第1部・第3部 小河記  第2部 熊谷記)



写真館リンク→ 総会・講演会 茶話会

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