SSイベント報告

東京女子大学同窓会 埼玉支部 の活動のあれこれをお伝えします。
6/17(日)「朗読に触れあう会」(熊谷)

6月17日(日)熊谷市市民活動支援センターで「朗読に触れあう会」を開きました。

初めて利用した会場で少し不安でしたが、12名の参加を得てほっといたしました。

熊谷地区ミニ支部会に初参加の方が2名、本当にお久しぶりの方が1名いらっしゃったことも大きな喜びでした。

朗読を学んでいるNさんの歯切れの良い説明と案内で、ウォーミングアップ編として、お口の体操やアナウンサーさながらの発声練習の後、実践編として、詩を唱和しました。

手作りのテキストには、Oさんの可愛いイラストつきです。

    

朗読の楽しさと共に、顔の筋肉も鍛えられ、滑舌の練習にもなり、心・脳・体に良いことを実感できました。

その後、お茶とケーキをいただきながら、お話も盛り上ってとても楽しい時間でした。

 

| 熊谷ミニ支部 | 01:52 | comments(0) | - |
溝尾良隆先生講演会 「世界では『ふつう』ではない国日本」

2018年6月9日
川越地区ミニ支部会主催 溝尾先生の講演会
「世界では『ふつう』ではない国日本
 ―日本の尺度で世界を見ない―」

 

川越市西文化会館メルトにて、溝尾良隆先生(会員のご主人様です)のご講演をいただきました。一人のキャンセルもない31名の出席者を得て、狭い会場はいっぱいになりました。
先生は風邪気味の上、1時間前に福井からお帰りになったばかりでしたが、パワーポイントを使って、わかりやすく丁寧にお話しくださいました。
先生は、地理学をご専門でしたが、日本交通公社にお勤めなさり、その後立教大学の観光学部長等を歴任され、現在同大学名誉教授です。
川越市関係では、伝統的建造物群保存地区保存審議委員、第4次川越市総合計画会長等々をなさっていらっしゃいます。また、全国及び諸外国にも観光振興について関わりを持たれ、著書も多数あります。
そのような素晴らしい先生に、ぜひお話しをお聞きしたいとお願いして、実現しました。


日本は、なぜ「ふつう」の国ではないのか?

 

 

7世紀後半または8世紀初頭からずっと「日本」という国号、

「天皇」という称号が続く。

(こんな国はほかにはない。)
・外国では、国が分離したり、解体したり、合体したりしている。

 

日本は 小さい国?
・ヨーロッパでは日本より大きい国は3つ。(旧ソ連を除く)
・人口は、ヨーロッパでは日本より多い国はない。(〃)
・海岸線は世界第6位。東西南北の長さは世界7位。
・しかも自然景観・地域特性の豊かなこと!
「日本は風景が多すぎる」(明治20年ごろ来日の英人作家キップリング)

 

大陸と一衣帯水の距離がよい
・外国から攻めにくかった。
・最終ゴールは、情報が集積する。(アウトプットしない)

 しかし、国際性に乏しくなった。
・明治時代、植民地にならないように、フランスの植民地マダガスカルを研究した。


日本は中央集権国家である
・「どうして国の方針が隅々まで行き渡り、理解されているのか」と外国からは見られる。
・外国では自治体優先が多い。
・国が税金をとって、県・市町村に配分。市町村の力を弱めていった。

 

多種多彩な日本の自然
・「日本アルプスは、山頂までの森林と渓谷の美しさはヨーロッパ・アルプスをはるかにしのぐ」(英人W.ウエストン)
・4つのプレートがぶつかり合う、火山、湖、温泉など多くの観光地。
・豪雪、台風、高温高湿度の亜熱帯。

 

一色でない日本の文化 一色にしない
・渡来人の進入路は、北、西、南から入ってくる
・北海道、本州、沖縄で大別され、本州はフォッサマグナ、西南日本は中央構造線で分けられる。
・東日本は落葉広葉樹林帯、西日本は照葉樹林帯
(稲作をしない東国や東北は遅れていると京・大阪側からの説)
・政治・経済は、奈良・京都・大阪、鎌倉・江戸に分かれ、二大並列のまま
・新しい視点:東京志向でなく、九州はアジアの入り口であるからアジアとの連携など。


追加
・アイスランド
人口33万人と、川越市よりやや少ないくらいなのに、ノーベル賞受賞者が二人出ている。
ハンドボールもオリンピックで銀メダル。
プレートがぶつかる海溝や海嶺が、陸上で、世界最大規模で見られる。
できたばかりの国土で、土がない。
男女平等指数は世界第1位。(日本は114位)
子供は国が責任を持つ。

 

など諸外国の写真を交えながら、たいへん興味深いお話しをしてくださいました。

その後お茶やお菓子をいただきながらの質疑応答でも、

先生の博識さとお人柄がわかる、たいへん貴重な時間を持つことができました。

日本について、意識改革と言えるほど見識が広まりました。
溝尾先生、有意義なお話を本当にありがとうございました。
お集まりいただいた皆様、暑い中お越しいただきありがとうございました。

 

当日のアルバム→ こちら

 

| 川越ミニ支部 | 18:46 | comments(0) | - |
プチさいたま主催造幣局さいたま支局見学の報告
さる 6月1日、陽射しがまばゆい晴天のお天気のもと総勢 34 名欠席者もなく、JRさいたま新都心より徒歩で、タクシーで、あるいは直接現地に向かうなどで元気に集合し、プチさいたまの造幣局見学は始まりました。 

◆造幣局見学
初めに造幣局の歴史、組織と業務内容、貨幣の紹介と製造工程などを映像で学びました。
さいたま新都心には、1年半前に池袋から移転してきたそうです。 
その後、エレベーター利用組と階段利用組の 2 組に分かれて工場に移動し、通常貨幣及びプルーフ貨幣の製造工程と勲章の製造工程の見学をしました。
(プルーフ貨幣とは、工芸品のような、ピカピカに磨かれた貨幣です。)
途中地方自治法施行60周年記念貨幣の埼玉県の貨幣のデザインが「川越の時の鐘」と「渋沢栄一」であったため、若い方から「なぜ渋沢栄一なの!?」との率直なるお問いかけがガイドさんに寄せられたり、笑い声ありのやり取りをしながら和気あいあいの楽しい見学となりました。

その後、博物館を見学し、最後にショップにて「造幣せんべい」などのお土産やグッズを購入し長蛇の列ができました。 


◆ランチ
かなり館内を歩きお腹もすいたところで昼食会場のイルクオーレに移動し、ほぼ貸し切り状態で美味しいイタリアンをいただきました。

和やかな歓談は尽きませんでしたけれども、約 2 時間後にお開きとなりました。
今回は初めて参加下さった方も多く、これを機にもっと埼玉支部やプチさいたまの行事に参加していただければと期待をいたしました。
 
ご参加下さいました皆さま、大変ありがとうございました。

 

アルバムは→ こちら

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| プチさいたま | 21:49 | comments(1) | - |
2018 支部の集い(さいたま共済会館)

第1部 総会

 

5月19日(土)13時より、雨が心配されましたが、多くの晴れ女の皆様方のおかげで、青空がのぞくよい総会日和りとなり、56名のご参加による「第21回埼玉支部の集い」が開催されました。


副支部長の司会のもと校歌斉唱にはじまり、荒木支部長の挨拶に続き第3号までの議案の承認をえました。

収支報告では20周年に関する記載の内容についてとVERA募金についてご質問がありましたが、それぞれ担当者、支部長、島津同窓会財務委員長から説明がありご理解くださいました。

最後に次年度役員改選にあたり人材を求める動きを運営委員会に期待するとのご意見をいただきました。

 

講演会の熱気が残る中、茶話会が始まりました。今回座席はくじ引きでしたので、同じテーブルで初対面のかたもいらしたのではと思われましたが、どのテーブルでも大いに会話が弾み、さすが同窓生と感心したり、感動したり、役員としてはうれしい限りでした。
また今年は2013年卒というお若い方の参加もあり、若い方の考えや悩みをうかがえたのもある意味参考になりました。

高齢者の視点ばかりでは狭くなるばかりなので、いい機会を持たせていただいたと思います。
今回の集会の成果を明日につなげていこうと思った意義ある一日でした。


第2部 講演会
『100周年を迎える女子大の今と女性の活躍』
東京女子大学 国際英語学科准教授 安部 由紀子先生

 

*プロフィール*
東京女子大学英米文学科卒業。

早稲田大学アジア太平洋研究科(国際関係)修了。

読売新聞 社会部記者、国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所広報官を経て、2018年4月より現職。

専門はジャーナリズム、国際広報、翻訳。

女子大在学中にバングラデシュで教育支援をするNGO『アジアキリスト教教育基金(ACEF)』のスタディツアーに参加したことがきっかけで、国際協力に関心を持つ。新聞記者としてもバングラディシュを再訪。現在、同NGO評議員も務める。

「目を閉じて、思い出してください。東京女子大学に入学した日のこと、初めて東女に足を踏み入れた時のこと、初めてお友達ができた日のこと・・・」と始まり、静まり返った会場。

一瞬ですっかり引き込まれ、1時間半の講演はあっという間に感じました。

しっかりとした芯を持ちながらも、軽やかにキャリアをシフトチェンジしていく安部先生のお話に、世代の違う同窓生が一様に感銘を受けました。


〜講演ダイジェスト〜


―子大時代

大分県の周囲を田んぼで囲まれたような公立学校でのんびりと育ち、尊敬する叔母の母校・東京女子大学で勉強してみたいと中学生の頃から考えていた。
入学時には、おっとりとした性格の自分が新聞記者になるとは想像もしていなかった。
大学3年生で、バングラデシュに学校をつくる活動をしていた『アジアキリスト教教育基金(ACEF)』というNGO主催のスタディツアーに参加したことで一変する。
靴が買えない、学校に行けない等、自分にとって当たり前の環境が当たり前でない現地の貧困を目の当たりにし、自分にも何かできないかという思いから、この時の体験を寄稿したところ、地元の大分合同新聞に掲載された。
その記事を読んだ特別なお金持ちという訳でもない、小学校で校務員をする方が「バングラデシュに行ったことはないが、戦後の貧しい時期を経験したから貧困の辛さはよくわかる。社会の役に立てるなら」と、毎年100万円を寄付してくれることになった。(退職までに計1000万円の寄付となる)
この経験から、新聞が社会に与える影響を実感し、国際協力も可能な新聞記者という職業を目指すことになった。

 

⊃景控者時代

英語力や元気の良さという個性で、若手ながらも日韓ワールドカップや愛知万博、沖縄の米軍基地、国際会議などの取材に参加し、世界の広さを実感した。
そして“良い仕事をすれば、次にまた良い仕事が与えられる”ことを学んだ。
当時は女性新入社員が1割、各支局にも女性記者は1人という状況で、女性としてどう働いていくか迷うこともあった。
しかし、誠実に日々の仕事をし、途上国の取材をしたいという思いを持ち続け、声をあげ続けていたら、機会を与えられてバングラデシュを再訪できるなどキャリア面ではとても恵まれていた。
記者として政治家や著名人に会う機会が多い一方、地域のために頑張っている市井の人や、(日々の生活に追われ、かつ日本語ができず声をあげずらい状況にあった)中国残留孤児の方のように社会に見えにくい人々と出会う機会も多かった。
取材されたがっている人よりも、自分は大したことをしていないと言う人の方が素晴らしいことをしていることも多かった。
立派そうなことを発言することと、実際に立派な行動をすることは同一ではないということもわかってきた。
この頃から、肩書で人は判断できないと思いだした。

 

A甍霤賃膤愨膤惘.▲献太平洋研究科時代

30代になって国際協力への思いから読売新聞社を退職し、メディアの仕事をしながら早稲田大学大学院に進学して「難民の第三国定住」をテーマに研究。
自国を逃れて新しい国に来た人たちを、どのように社会で受け入れ共生していくか(=社会統合)について、難民受け入れが進んでいるオーストラリアやカナダでのフィールド調査、インタビューも行い、日本との比較研究をし、研究論文を執筆した。
日本は長い間“難民鎖国”であったが、2010年よりタイの難民キャンプにいるミャンマー難民(=第三国定住難民)を毎年30人受け入れ始めた。
国連職員になってからタイの(難民の滞在が)長期化する難民キャンプを訪れる機会があり、普通の村と変わらない姿に驚いた。
しかし、彼らにはキャンプの外を歩く自由はないし、明日の身の安全は保障されていないし、選挙権があるわけでもない。難民には紛争や政治活動を理由に自国を離れる政治難民、気候変動や天災などで地域にいられなくなる強制移民(“環境難民”)など様々で、私達日本人も難民になる可能性を持っている。
そして、実際にここ日本でも、私たちの身近にも難民の方が多く生活していることを是非知ってもらいたい。

 

す駭開発計画(UNDP)時代

国際協力のキャリア構築を考えていたところ、大学院修了間近にUNDP駐日代表事務所で広報のポジションの募集があり、応募して採用される。
UNDPは世界177か国で活動をし、紛争予防、気候変動、災害復興、選挙支援、ジェンダー平等の推進など幅広く活動をするいわば「総合商社」のような国連機関である。
駐日代表事務所での広報業務の1つは、税金で資金提供をしてくれている日本政府や日本国民に対し、国連がどのように資金を活用しているか、どのような支援を必要としているかなどを説明したり、資金が必要な折の資金調達をすることだった。業務を通じて、昔から憧れていた元国連難民高等弁護官の緒方貞子さんと一緒に仕事をさせていただく機会や、世界で最も影響力のある女性100人に選ばれたヘレン・クラークさん(元UNDP総裁、元ニュージーランド首相)、日本人女性の国連職員の中で最高位にある中満泉さん(元UNDP局長、現・国連事務次長)などの仕事を身近で支える中で、女性のリーダーシップを学んだ。
国連や国際社会では多くの女性が幹部として活躍しており、日本でも、女性が政治のトップや企業の幹部に当たり前のようにいる社会になってほしいという思いを強くした。
国連という巨大で、様々な価値観、文化が混在する組織で働くと大変なこともあるが、逆に楽しいことも多い。
コミュニケーションの取り方を工夫しながら、世界中にいる職員と一緒に力を合わせて働いてきた。
また、在職時はインターンとして数カ月間、国連事務所に来る大学生、大学院生の日々の業務管理、教育を通して、人の成長を目の当たりにした。必要なことをきちんと教え、経験を積む機会を与えられれば、どんどん磨かれて成長していく若者の姿に感銘を受けていた矢先、東京女子大100周年に合わせて新設される国際英語学科で教えないかと打診を受けた。

 

East West Center時代

人に教える経験のなかった私は、東京女子大での勤務開始より少し早めに国連を退職し、シフトチェンジを兼ねてアメリカ・ハワイにある米国政府系シンクタンクEast West Centerでフェローとして、9か月のプロフェッショナル・トレーニングを受けた。
アジア太平洋地域の15か国から選抜された23人と一緒に地域のリーダーとして何ができるかを実務的に学ぶコースである。
研修の中で、ハワイや米国本土の州立大学で学生を前に英語で講義やワークショップを企画・運営をする機会も得て、自信もついた。
何よりハワイの素晴らしい自然環境が、時間を精一杯使うことにばかり目を向けていた私に、美しい景色を見たり、ピクニックに行ったりとリラックスをして生活を楽しむことの大切さを教えてくれた。

 

女子大の教師に着任して

最初の講義では『If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.』というアフリカの諺を学生に伝えている。
クラスで学ぶからには、多様な価値観に触れたり、チームの大切さを知ってもらいたい。
そしてチームが力を発揮するには一人ひとりの心理的安全性(Psychological Safety)が必要なので、誰もが意見を自由に言える空間を作れるよう、発表を聞いたときにはみんなで拍手をして称える、控えめな学生には相手が話しやすいように考慮して声をかける、各自の強みを持ちよるなどを推奨している。
昔も今も、東京女子大は勤勉で真面目な学生が多いように感じる。
各指導教科の中で、学問以外に、他人や自分の価値観を大切にすること、人に真摯に向かう姿勢や相手の話に耳を傾ける力(爛螢好縫鵐闇塾廊瓠法▲蝓璽澄璽轡奪廚覆匹鮨ばして、人間としての魅力を高めるような教育をしていければと考えている。

 


 

質疑応答から抜粋

 

Q:先生が女子大で教えている内容を教えてほしい。
A:実践的な英語の使い方を教える『Professional English』 というクラスや、異文化理解、グローバル人材論、ジェンダーや女性のキャリア構築など。Professional English は選択科目だが、学科の約3分の2が受講する100人規模のクラスで、英字新聞や国連の文書の読み方、メディアリテラシー、国際広報などを教えている。

 

Q:働いて6年目だが、体力の面や周囲の目から男女同等に仕事をするのが難しいことを感じ始めている。
グローバルジェンダーギャップの低い北欧の国々はどうしているのか?

A::北欧も以前は、昔は日本と似たような状況だったが、制度を変革し、法律やインフラ整備をしていった結果、多様な働き方、休暇の取り方などができるようになった。日本もゆっくりとではあるが変わってきているので、まずは“声”を上げていくことが大事だと思う。

 

レポーターから一言
安部先生のお話は、国際協力を中心に広い世界でキャリアを重ねてきただけに、とても面白く勉強になる事柄が多かったのですが、残念ながら紙面の都合上割愛せざるを得ませんでした。今回は、先生のキャリアを中心にまとめさせていただきました。

(文責:H.K.)

 

 

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| 総会 | 03:13 | comments(0) | - |
5/23(水)「案内人とともに旧日光街道と草加宿を巡る」

5月23日(水)「案内人とともに旧日光街道と草加宿を巡る」散策を11名の参加のもと行いました。

昔と今を織り交ぜた案内人の説明は興味深く、楽しく、

途中小雨が振り出したのもかえって暑さしのぎになりました

私達の住む埼玉県東部地区の思わぬ発見となりました。

案内人にご紹介いただいた美味しいお煎餅も買えました。時々ウインクペコちゃんきらきら
 

| 越谷ミニ支部 | 22:49 | comments(0) | - |
美食ランチと神楽坂散策

46()11 名の参加をいただき神楽坂の街を散策いたしました。

 

飯田橋駅集合後、猫が通るような細道を抜けたり、

和小物のお店を覗いたりお散歩をしながら懐石料理の葉歩花庭へ。

今回は3月まで女子大で教えていらした大角翠先生(70年卒)もご参加くださり、専門の言語学から海外での研究生活など貴重で楽しいお話を聞かせていただきました。

ランチ後も赤城神社をお参りし、フランス菓子のお店でコーヒーブレイク。

新緑の神楽坂を満喫いたしました。

 

所沢地区ミニ支部会代表  田中


| 所沢ミニ支部 | 22:01 | comments(0) | - |
2018年越谷ミニ支部会の新年会

2月10日(土)南越谷イタリアン「オルタッジョ クローチェ」にて新年会を開催しました。

時節柄体調を崩し当日キャンセルは出ましたが、11名の参加のもと、

貸切同然のレストランの中で3時間近く存分におしゃべりに花を咲かせました。

ランチも美味しいと好評でした。

また今年は景品の当たるクイズも取り入れ、

楽しい雰囲気のなか閉会が惜しまれました。

 

       越谷ミニ支部会代表 長岡

| 越谷ミニ支部 | 17:48 | comments(0) | - |
所沢散策を楽しみました
11月30日(木)、所沢散策を楽しみました。

所沢市の公認ボランティアの方にご案内いただき、
野老澤(ところざわ)町造商店、
「明治天皇皇行所」であった齋藤家住宅、薬王寺を周りました。

所沢の町の始まり、発展の過程、歴史を踏まえての
貴重なお話を伺うことができました。




昼食は和食レストラン『楓』で。
近くに住みながらよく知らずにいた所沢の町について
歓談しつつおいしいひと時でした。
                 

       T.Y

| 所沢ミニ支部 | 20:14 | comments(0) | - |
越谷ミニ支部会のクリスマスリース作りとパーティ

12月4日(月)毎年恒例のクリスマスリース作りを大きなモミノキのある会員宅で行いました。

参加者は8名でした。
今年はクリスマスパーティーも兼ね昼食とお茶を楽しみ、

造花ばかりでなく果肉植物やエアプランツを使って、生花も使って楽しみました。


少し早めの楽しく華やかなクリスマスパーティーとなりました。
一部を埼玉支部のバザーに提出いたします。

| 越谷ミニ支部 | 03:23 | comments(0) | - |
11/11(土)「けっこう身近な多文化交流」(さいたまミニ支部会)

11月11日、秋らしい日差しに恵まれた土曜日の午後、通称「プチさいたま」さいたま市地区ミニ支部会主催の楽しいお話の会が開かれました。

題して「けっこう身近な多文化交流」

話し手は、石川靖子さん(94文史)と小室桃子さん(80文英)のお二人。

場所は北浦和駅から3分、クイーンズ伊勢丹3階。参加者は32名。

会は、米田景子さん(65短英)の軽快な進行でスタートしました。
まず、代表の小河徹子さん(71文心)から、プチさいたまは10年目を迎え、会員1600人、会費会員222人の大所帯であること、今回はチラシやメール、支部サイトなどでお誘いするほか、話し手に合わせて94年度卒業に近い50人にはハガキでお誘いしたなどのお話がありました。

 

■石川靖子さんのお話―中国蘇州のくらし


♪お仕事で蘇州に赴任されたご主人と共に、小学生の娘さんと3人の蘇州暮らし。

体験やエピソードをまじえたお話は、プリントされた15枚の写真と合わせて、実情がよく伝わりました。


♪黒板に書かれた10項目のお話はどれも興味深いものでした。

例えばの「日本人ひとり」。

娘さんがバレー教室にはいってみたら、日本人はひとり、なんと教室始まって以来初めての日本人だったそうで、みんなに珍しがられ、頭の先から足のさきまでじろじろ観察されたり、質問されたり。

そんな好奇心いっぱいの中国人と暮らした娘さんは、中国を大好きになって今も中国語を学んでいるという、嬉しいお話でした。
 子育てを海外で  日本人学校というところ  日本人ひとり  好奇心いっぱい   太太(奥さまたち)は何をする?  自由ではない部分  交通事故にあう     立ち退き命令   高速鉄道(新幹線)の走り方  日本に帰る日   

 

♪滞在中には尖閣諸島問題で反日デモもあったが、ご自身は「怖い、いやな思いは一度もなかった」

人々は温かく、歓迎してくれた。

仲良くなったドライバーさんは、帰国する日「日本に帰らないで」と涙を流して別れを惜しんだそうです。

 

♪蘇州は、上海から高速鉄道で30分、そして石川さんご一家が住まれた「園区」というところは、シンガポールが開発した地区だそうで、水と緑の多い街。街中に運河が作られていてなかなかいいところらしい。締めのことばは、「ぜひ蘇州にいらしてください、とてもいいところです」でした。

 

お話の後にサプライズが!なんと「蘇州夜曲」を日本語と流ちょうな中国語で独唱、最後には会場のみんなで歌う、という思いがけない趣向がありました。


♪蘇州ではインターネットに規制があるなど不自由なこともあったそうですが、それをも楽しんでしまうような包容力いっぱいの石川さん、とても魅力的で蘇州への愛にあふれたお話でした。

私も行ってみたくなりました。


■小室桃子さんのお話―どこでも多文化交流
小室さんはまさに多文化交流を生きているという方でした。

何しろ生まれる前から家にお祖父さまの皮のトランクがあり、それは世界各国を旅したトランク。中には世界地図が入っていて、訪ねた場所には赤いしるしが。幼い桃子さんは、その地図を興味深く眺めたとのこと。
〜〜〜
女子大時代。初めての海外訪問。

それは社会学部のスタディツアーで、行く先はネパール、英文科の小室さんがなぜかこのツアーに参加。

サークル活動として日本国際学生協会に所属し、国際学生会議(ISC)に参加する。

会議の前後には、世界各地から毎年夏にやってきた学生たちのガイドもつとめ、カルチャーショックを受けながら、いろいろな文化に触れる。
〜〜〜
卒業して本太中学校の教員をしていた時には、NNS国際スクール講師も引き受けて、アメリカ、カナダの現地の家庭に滞在した。初めてのアメリカ行きでツアーコンダクターを勤める。
高等学校の教員になってからは、国際理教育委員会に属し、留学生の話題などを中心とした通信を発行した。

保護者にも協力してもらって、外国語や簡単な日本語を話すボランティアをしてもらった。
〜〜〜
北浦和にある国際交流基金日本語国際センターには世界各国から日本語の教師がやってきて研修している。

ここが閉鎖的で、外の日本人と触れ合う機会がない。

ふれあうプログラムを提案、アフガニスタン、インド、ロシアなどいろいろな国からの一人一人と付き合うことはとても面白い。ホームステイも受け入れて、イギリスやドイツからの研修生を世話した。

お国柄でそれぞれ要求も違っていて面白い。

知り合った友人をブルガリアやフィンランド、ニュージーランドなどに訪ねた。

 

現在は、北浦和に本部がある「アジアを紡ぐ会(ASA)」のメンバーとして、スリランカ、インドマニプール、インドネシアバリ島などの女性たちの自立を支援する活動に参加している。

単に作ったものを日本で販売するという経済援助ではなく、彼女たちが自分で計画、交渉、事業をすすめるための自立支援をするというのが会の趣旨。
 〜〜〜
小室さんの何でも面白がって、蝶々のように軽やかにな行動する様子が伝わるお話でした。

多文化交流の場は身近にいくらでもありますよ、とそのいくつかを教えてくれました。
さいたま観光国際協会国際交流センター(コムナーレ9階)などに資料がたくさんある。
浦和区針ガ谷にはシリア難民が経営参加しているカフェ(名前はドバイカフェ)がある。


◇◇◇


お二人のお話に、支部メンバーは「宝の山」との思いを新たにしました。

皆様からも「とても面白かった。時間が足りなかった。」

「一人ずつにゆっくりお話ししてもらえばよかった」

「いろいろ質問もしたかった」などの感想が寄せられました。
今回の企画は大成功、準備された幹事の皆様、

お話してくださったお二人の方、ありがとうございました。

 

当日のアルバムはこちら→ 「けっこう身近な異文化交流」
 

           H.O

| プチさいたま | 01:10 | comments(0) | - |
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